CARPETROOM PROJECT

家じゅうが居場所になる家

2024.11.05

92平米のワンルーム。土間玄関を抜けてすぐに目に飛び込んでくるのは、1枚の絵画のような空間だ。

壁や柱など遮るもののない抜けた空間、窓の向こうには手が届きそうなところに茂る木々。さらに遠くを見れば、淡い鉛筆で塗られたような山の連なりが目を癒やしてくれる。明かりの抑えられた室内。躯体現しの無骨な天井。リズムを生み出す木のリブパネル。どこかクールな印象のグレーのカーペット——。すべてのピースがすっとはまっている。

こうしてみると、どの要素が欠けても成立しえないバランスのように見えるM邸。しかし、じつは設計当初、カーペットは選択肢にすらなかったという。

「モルタルの風合いが好きで、床一面に使いたいと考えていました。それこそ、いまカーペットを敷いている部分は全面モルタルにしようと考えていたくらい」

Mさんの頭は、モルタル一色。設計士ともその方向で話は進んでいた。ところが概算で見積もりが出たあと、予算内におさめるための減額作業を進める中であることに気づく。

「モルタルはひんやりとした素材だし、ここは関西の中でも底冷えする地域ですから、冬場の床暖房は不可欠だと考えていました。ところが、床暖房は日々のランニングコストが大きいだけでなく、施工費も高いことがわかったんです」

スペースを限定しない

頭を悩ますMさんに設計士が提案したのが、カーペットだった。Mさんにとってはまったく思いがけないアイデアだったが、彼のすすめで実際に掘田カーペットが敷かれているご家庭に見学に行ってみることに。家主から話を聴き、実際にその空間で過ごす中で、俄然カーペットに心惹かれたという。

「シンプルに、居心地がよかったんです。その人のお宅では子どもたちがあちこち床にゴロゴロしていて、これはフローリングだったらラグやソファの上でしかできないな、自由でいいなと思いました。カーペットは『居場所を限定しない』ということに気づいたんですよね」

さらに、夏は涼しく冬はあたたかい、羊の毛が水分を吸うためちょうどいい湿度に保てる、といった機能的なメリットも家主から説明され、心はさらに傾いた。

「過ごしやすいのに、ランニングコストはほぼゼロなわけですから。これは魅力的でした(笑)」

こうして、その日のうちに「ほぼ全面カーペット」にすることだけでなく、色味まで決めてしまったという。

「ベージュとグレーで一瞬だけ迷いましたが、うん、やっぱりグレーやなって。我が家のイメージ的にベージュにするとメリハリがなくなりそうだねと設計士と話して、その場で決めてしまいました」

そしてメーカーについても、見学した家と同じ掘田カーペットを選ぶことにまったく迷いはなかったそう。

「その場でホームページを拝見して、織機やウールの説明ひとつひとつからこだわりが伝わってきたので。こういうところの商品なら大丈夫だろう、と思ったんです」

猫のように、移動する暮らし

ほぼ全面カーペット敷きを決めたものの、主にシミ汚れに対する不安があったMさん。その気持ちを軽減するため、グレーの中でも数種類の色が混ざっているカーペットを選んだ。

「そのおかげもあるのかな? わたし、よく食べ物を落としたりするんですが、汚れがどこにいったかわからないくらいなんです。扱い方にしても、日々の掃除にしても、家をつくる前に想定していたよりずっと『気を遣わなくていい素材』だなと感じています」

さらにM邸は、水回りだけはカーペットの仕切りとなる「見切り材」をつけている。カーペットは「暮らし」の中にあるため、長いスパンで見れば傷みやすい場所や汚れやすい場所が出てきてしまうもの。敷き替えのタイミングがずれそうなところはあらかじめ見切っておくと、将来的に張り替えたい箇所ができたとき、むだな費用をかけずに必要なところだけ交換できる。「だから、わたしみたいなズボラな人間でものびのび、ラフに使うことができるんです」とMさんは笑う。

こうして、現実的な問題も考慮しながら設計を進めたM邸。実際、カーペットによって暮らしがどう変わったのだろうか。

「しょっちゅう居場所を変えるようになりました、猫みたいに。時間帯によって、部屋の中を移動するんです。朝は窓を開けて窓辺の床に座り、日差しが強くなってきたらじりじり奥に移動する。夏の暑い日には、バッテリー式の扇風機を持ってきてリビングに寝転んで漫画を読む。夕方涼しくなってきたら、窓際に移動してページを開く。最高の過ごし方です」

床がフローリングだと、どうしてもソファが「居場所」になりがちだ。本を読むのも、テレビを見るのも、くつろぐのも、ソファの上。一方で、カーペットが全面に敷かれていれば、気分や気候によって気ままに移動でき、家じゅうが居場所になる。

この猫的な過ごし方が、カーペットライフのひとつの楽しみ方なのかもしれない。

見学時に「居場所を限定しない」と気づいたカーペットとの暮らし。生活するなかでいっそう、「どこでもフリースペースになるな」と実感が増してきたそう。来客時も、椅子や座布団の数を気にせず好きなところに自由に座ってもらえる。

「この前は小さな女の子が来てくれたんですが、そこら中で折り紙していて。ああ、やっぱりどこでも居場所になる家ってええな、とあらためて思いましたね」

テキスト:田中裕子、写真:小野慶輔、編集:今井雄紀(株式会社ツドイ)

※本記事は、堀田カーペットの書籍『CARPET LIFE』に掲載されたインタビュー集「カーペットのある暮らし」から転載しています。書籍の購入はこちらから。

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