CARPETROOM PROJECT

誰もに備わっている、“心地よい”感覚

2022.04.01

「リビングは街に明け渡しているんです」そんな驚きの発言からはじまった山本家への訪問。現在もちらほらと店の営みが残る、東大阪市にある旧商店街に馴染むかのように建てられた家は、建築家にお任せでほぼ“ショートメールと電話で完成した”のだそう。どんな家に住みたいかではなく、どんな暮らしをしたいかが随所から伝わってくるこの家で、家族の日常をうかがいました。

かつては商店街として賑わっていたというこのエリア。現在も駄菓子屋や魚屋などが点在しており、1階の道路に面した部分が商店で、奥から2階が居住空間という昔ながらの趣の建物が軒を連ねています。店先の年季の入ったテントやオーニングと並んだ、ガラスの扉に2階から垂れた白いファブリックが印象的な家。ここが山本家です。ガラス戸から中に入ると、大きなデスクとコンパクトな水場が設置された土間が広がります。

「家にはダイニングスペースだけで十分なんじゃないかなって、リビングの機能をうたがっていたんです。そのかわりに、このあたりの商店と並んで、大きくはなく、でももっと街に開いた場所をつくりたいと思い、リビングを街に明け渡すような形にしたんです。今はコロナ禍で人が集まることがなかなか難しくなってしまいましたが、土間では子どもの友達が来て遊んだり、僕がワークスペースとして使用したりもします」

カーテンを主軸にオフィスや施設等のファブリックの制作、意匠計画などを行う夫の紀代彦さん。外に取り付けられたファブリックやオーガンジーのカーテンのレイヤーなど、布使いにはさぞこだわりが詰まっているのだろうと思いきやその反対。「カーテンは仕事で携わっているので、自宅にはしんどいなあって思って(笑)色合わせだけは確認しましたが、自宅ではもっと道具的に扱いたいなと思って、Wリングや結束バンドなどで留めています。家のデザインのことには口を出さないでおこうって決めたんです。素人の要望なんて無意味だと思って……。極力打ち合わせもしたくないし、こだわりたくもない。想像もしていないからも不満もなく、完成した家に“あ、こうなったんですねー”とスッと住んだだけです(笑)」

 

完全に建築家に委ねて2019年に完成したこの家の唯一のこだわりが、カーペットにありました。土間を抜けて靴を脱ぐと、そこから2階までカーペットが敷き詰められています。

 

「家を設計してもらっているときに、“床はカーペットがいいな”と伝えました。それまではフローリング暮らしでしたし、カーペットって汚れた時のメンテナンスとか、ネガティブな情報がつきまとっていましたよね。でもウールカーペットを一度体験したら、そのネガティブさがバサーって取っ払われたんです。要らないものが多かったなということにも気づきました。ソファもスリッパも必要ない。その存在自体も、フローリングの時からピンと来ていなかったんですよね」

「普段はダイニングかここに座っていますね」と言って、キッチン兼廊下スペースにゴロンと横たわる紀代彦さん。
「カーペットって地続きだし、こんなふうにどこにでも居られるし、これって何に近いんだろう? って考えたときに、“芝生に似ている”って思ったんです。芝生があるとその上にシートを敷いて座ったり、そのまま寝そべったりいろんな過ごし方をしますよね。室内だと畳も近いけれどもう少し硬い。こういう感覚って日本人はあまり持ち合わせていないんじゃないかなと思ったんです。それと同時に、ユングの『集合的無意識』のことも思い出しました。誰にも教わっていないのに、“カーペットは心地よい”という感覚は、潜在的に備わっているんだという。ネガティブな印象もありましたが、体感した途端、肯定的になったことが自分の中で大きかったんですよね。心地よさに人生観が変わったくらいです」

 

妻の紗智さんは当初、少し不安があったそう。「最初はカーペットはあり得ないって思っていました(笑)お客さんが来たときに気を遣われることもありますしね。でもネガティブな意見を聞いても、今はカーペットにしてよかったと思っています」家中を走りまわりながら、各所で寝転んだり、おしゃべりしたり、自由に過ごす娘の多織ちゃんの姿を見れば、その言葉に納得です。

カーペットとフローリングが比べられることは、カーテンに対するブラインドやロールスクリーンのようで、共感する部分があると、ご自身の仕事とも重ねます。「カーテンとブラインドでは質感もまったく違うし、存在感が違いますよね。カーテンをつけるともっと建築がよくなるとか、仕切り方では部屋ができたり、地続きができたりと、建築家の方が気づかないポイントをファブリックの計画で気づかせることが僕の役割だと思っています」

お正月以外は何かしら仕事をして、ON/OFFをシームレスに過ごす紀代彦さん。仕事をしたり、家族で食卓を囲んだり、それぞれの時間を過ごしたり。この家のどんなシーンにも、直感的な“心地よさ”をもたらす存在としてカーペットが一役買っているようです。

(プロフィール)
name: 山本家
house info: 一軒家
location: 大阪府東大阪市
family: 夫、妻、長女
occupation: ファブリックデザイナー(夫)、主婦(妻)

photo : Keisuke Ono

text : Mana Soda[Polar Inc.]

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