低く暮らす家
東京湾にほど近い、ゆるゆると流れる川沿いに佇むマンションの一室をフルリノベーションしたJ邸。川面を臨める2面採光の窓からは、おだやかな光が回り込んでいる。
どこかホテルのような雰囲気を醸し出すこの部屋のいちばんの特徴は、そのサイズ感だ。40平米程度。2人暮らしの部屋としてはこじんまりとしているし、比較的古い建物のため天井も高くはない。部屋の中程を貫く梁は太く、梁下は1800ミリを切っている。
「変えられない条件の中、どれだけ居住空間を広く取れるか挑戦してみたい。そんな思いもあって、この物件を選びました。もちろん立地もよかったし、新築ではなかなか見ることのできない外廊下側のまるい窓まで、お気に入りポイントもたくさんあったので」
そうした問いから生み出されたK邸は、「低く暮らす」工夫が随所にほどこされている。造作のベッドや玄関横に置かれた洗面台は、低めに設計。スツールなどの家具も思い切って脚をカット。そして、「低く暮らす」ためになによりも欠かせなかったのが「カーペットを敷くこと」だった。
「フローリングだとダイニングセットを使うのが一般的ですが、椅子生活はどうしても目線が高くなってしまいます。目線を下げるには、床座がいい。そのためには、床のかたさを感じにくい敷き込みのカーペットが不可欠でした」
また、「狭い家で広く暮らす」ためにもうひとつ必要なのが、オープンなフリースペースをできるだけ広くすることだった。40平米を「リビング」「寝室」など用途の限られたちいさな部屋に分けず、ワンルームに。廊下などの「通路」は設けない。ベッドは壁に収納する。こうした工夫を積み重ねることで、部屋全体を広々と使えるよう設計した。
「オープンな場所を生かすことを考えても、やはりカーペットでよかったなと。フローリングだと、何も置いていない場所はただの空間や通路になりがちで、これは言い換えると『何もできない場所』です。クッション性の高い敷き込みのカーペットなら、どこでも、好きなように使える。『何でもできる場所』になったなと思います」
暮らしを豊かにする存在
Kさんご夫婦の知恵と経験、そしてセンスが詰まってできあがったK邸。実際に暮らしてみた感想は、「もくろみ通りです」。
「ふだんは解放感があってゆったり過ごせますし、10人くらいでホームパーティしたときも窮屈さはまったく感じませんでした。みんなで車座になれるので、来客が多い家にぴったりですね」
そうした暮らしの中で、とくにカーペットの下に敷いているハイクッションの下地(ウレタンフォーム製で弾力がある)がいい仕事をしていると感じるそう。遊びに来た友人が窓辺のカウンター下に寝転び、そのままぐっすり眠ってしまったこともあるんだとか。
「僕自身、ごろんと横になって、気づいたら朝だったこともありました」
妻のRさんもうんうんとうなずきます。
「ゆっくり食事をしたり映画を観たりしても、お尻が痛くならないんです。ずっと座っていられますね」
調湿効果があり結露しないこと、触れたときの温度が一年中ほぼ変わらないのも過ごしやすさにつながっている。Kさんご夫妻も心配していたという「扱いやすさ」についても、太鼓判を押す。
「ウールの洋服のようにデリケートな素材なのではないか、と掘田カーペットさんにもたくさん質問していたのですが……まったくの杞憂でしたね。掃除も手入れも、面倒なことは何もない。家具の跡もお湯をかけたらあっという間に元通りなので、模様替えもしょっちゅう楽しんでいます」
ちなみにKさん、引っ越し後、はじめて友人を招いたホームパーティで床にワインをこぼされてしまったそう。一瞬焦ったものの、「撥水している汚れは上から吸い取り、染みこんだ分はお湯をかけ雑巾で叩いて落とす」と掘田カーペット直伝の方法を取ったところ、もはやどこにこぼしたかもわからない。
「自然素材ならではのやり方ですよね。あたたかいし、調湿してくれるし、埃も吸着してくれるし……羊ってすごいなと思います(笑)」
床材と家具の間にあるもの
J邸は台形に近い変形のワンルームで、川を臨む窓際の一辺は斜めに切られている。ここにズレなくカーペットを敷くのは高い技術がいるが、そこは職人の腕が光っていたとKさん。
「しかも職人さんから、この部屋なら巾木(はばき:床と壁の間に付ける部材。隙間を埋める役割がある)はいらないよと現場で教えていただいて。巾木を省けたことで余計なラインが生まれず、想定以上にかっこよくなりました。うれしい誤算ですね」
また、カーペットは反物のため、部屋のかたち次第でどうしても継ぎ目が入ってしまう。その施工も巧みで「境目がまったく気にならない」そう。
そんな熟練の職人の手にかかった美しい部屋で過ごすうちに、Kさん夫妻は敷き込みカーペットの独特な存在感に魅了されていった。
「ラグとはまったく違うんです。床材だけれど、意匠がある。家具だけれど、広がりが出る。床材と家具の中間にあるような存在で、これはカーペットならではです」
Kさんは、カーペットについて「万能感がある」と表現する。日々暮らしやく、ホームパーティも開きやすい。机をどければプロジェクターを使って映画鑑賞もできる。結婚時は、前撮りのスタジオとしても活用した。スペースごとに決まった役割を与えず、さまざまな使い方ができるフレキシブルな空間にしたことで、生活感が薄まった。より、ホテルライクな雰囲気を生み出しているのかもしれない。
「ホテルの空間はおもてなしのひとつです。いかに気持ちのいい場所で過ごしてもらうかが考え尽くされています。同じように、この家も機能ではなくどんな魅力的な場にするかということを意識して設計しました」
「色味も気に入っているんです。サイザル麻にも見える繊維のような色で、ホテルらしさがありながら和のテイストにも洋の雰囲気にもフィットする。柔軟性があり、インテリアを問いません」
建築関係の仕事をしているとはいえ、施主の住宅にカーペットを導入したことはなかったKさんご夫妻。カーペットに対しても、「公共施設に敷かれている土足であがるもの」というイメージを持っていた。しかしいまや、「掘田カーペットのように品質が高いウールカーペットは、暮らしを豊かにする」「とくに築年数の経っているマンションのリノベーションでは、カーペットを推したい」と力強く語る。
「中古のマンションだと、思うような天井高を望めないことも少なくありません。そのときに、床座の生活で目線を下げるという方法があると知ってもらえたら、家選びの選択肢が広がるんじゃないでしょうか」